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2017年4月4日 ②

13時過ぎ。覚王山の定食屋はほぼ満席。空席を探して本棚の裏側の3席をのぞきこむ。満席。突っ立って待っていると、奥の厨房から一番元気な女性スタッフが俺に向かって大きな声であいさつしてくる。「いらっしゃいませー!おひとりさまですか?」この辺でみんなに見られる。「もう少しで開けるんでちょっと待っててくださいー!」


会釈だけして入口の雑誌置きから週刊少年ジャンプを手に取って読み始める。『BORUTO』が表紙。この間セブンイレブンで立ち読みしたときに目ぼしいところは全部読んでしまっていた。目ぼしいところっていうのは『BORUTO』『僕のヒーローアカデミア』『ONE PIECE』『鬼滅の刃』。(今週号の『鬼滅の刃』危機的状況をテンポよく描く場面展開に引き込まれる。面白い。絵も好きだ。後輩の彼女が「現代風の高橋留美子」って言ってたあの絵。週刊連載の絵は長期連載に伴って簡略化や記号化が進む傾向にあるらしいので、なんとか味のある絵を保ってほしい。反対に、今のままでももちろん十分上手な絵だけど、改善すべき点もあるような気がする。)立ち読みではいつも読まない『磯部磯兵衛物語』を読むことにした。花見の話。磯兵衛が酔客に絡まれてるとこらへんで店員さんに呼ばれた。


さっきのぞき込んだ本棚の裏、3つ並んだ二人掛けテーブルの中央に通される。メニューを持ってきたのは同い年か少し上くらいのかわいい女性スタッフ。初めて見る顔。メニューを差し出した左手の薬指には指輪。別にどうでもいいけど。メニューを見る。ここはランチの時間に日替わり定食を頼むと食後に紅茶かコーヒーが無料でついてくる。ただ今日の日替わりが白身魚のフライ(惹かれない)、ナポリタンスパゲティ(あまり惹かれない)、カニクリームコロッケ(5日前に食べたばっかり)だったので別の定食にしたい。5日前一緒に行った子が食べていたエビフライ定食は?でかいエビが3,4本並んでいるやつ。からあげ定食?やたらでかい唐揚げが5,6個のってるやつ。安いハムエッグ定食とかにして追加料金支払ってコーヒーセットで注文する?でもハムエッグ(惹かれない)…。

日替わり定食を頼んだ。飲み物はホットコーヒー。注文した料理が運ばれてくるのを待つ間、自転車修理の油で黒く汚れた両手をおしぼりでふいた。おしぼりに黒い汚れが移った。右隣の席の中年の娘とその母親がお会計に立った。「テーブル動かしてもらっていい?ごめんね、狭いからここぶつけちゃうとお水こぼしちゃう」。テーブルを左に寄せてあげた。左隣の席はおひとりさまの中年の女性だった。水とお箸と沢庵の小皿が最初に出てくる。そのとき新しいおしぼりも頼む。店の中を眺めたり、スマホでメモを書いたり(「平成スマホ文学」っていい題だと思う)して時間をつぶす。店内にはスーツ姿のサラリーマンが二組、三人組のおそらく新入社員たちが一組、子ども連れのママ友、偕老の老夫婦(この店量多いのに食べきれるのか?ちなみに彼らのテーブルの日替わり定食のスパゲティが天井灯をうけて光り輝いてうまそうに見えたのが俺の決断に寄与した)、カップルが二組(男よ、デートはここでいいのか?この店量多いぞ。目の前の方のカップルの男は、上着を脱ぐとピンクのセーター。ピンクのセーターの上の顔は毛が濃くて彫りも深い。照英と藤巻亮太を足して割ったみたいな顔してる。女はボタニカル柄の黒地のワンピース。モダンな雰囲気で、女の子比率(一人の人間の中には女の子と男の子がいる)の高い、かわいらしい子。)、おひとりさまが何人か。空いた右隣の席に仕事仲間とおぼしきスーツ姿の男女が座った。左側のおひとりさまがお会計に立った。


しばらくすると料理が運ばれてきた。カニクリームコロッケ、白身魚のフライ、スパゲティ。千切りのキャベツ、ポテトサラダ、レモンとタルタルソース。白米と味噌汁。魚美味しかったー。おなか一杯になった。食事中、左側の本棚の陰から高校生らしき制服姿の女子がのぞき込んできた。店内のレイアウトはのぞき込みを誘引する構造になっている。スーツ姿の姉と左隣の席についた。


右隣のスーツの二人はワンピースの話をしていた。「私まだビビのとこ」「遅い!」「ビッグマムの娘のサンジの婚約者、ホールケーキアイランド編の初めの方にもう出てきてた。三つ目の、おでこに目のある」「へぇ~。え、なんて?」「は?」「聞いてなかったごめん」「おいっ!」
左隣の姉妹は、卒業式なのか、入学式なのか、入社式なのか、そこでの二人の共通の知人についての話をしていた。「○○ちゃん、可愛かったね」「うん、しっかりお化粧して」「写真撮ってフォトに乗せてもいい?」「ダメっ。絶対やめて」「グループに招待してもいい?」「いやいや、ばか!絶対だめ、やめて」高校生は制服の上着を狭いところでもぞもぞしながら脱いで、白いセーター姿になった。俺のところに運ばれてきたホットコーヒーを見て姉が「ホットにしとけばよかった」とつぶやいた。アイスコーヒーにすると追加料金が50円かかる。身体はなるべく冷やさないほうがいい。

 

 


テーブルの上には二つのおしぼり。二つ目も口を拭った時にナポリタンが移った。飲みつつあるホットコーヒー。親指くらいのアルミ細工のポットに満ち満ちた白いパントリークリーム。おひや。

裏返しの御勘定書。
御勘定書には手書きで「てい」「A」「一」「750」「H」「8中」。
全部の意味推測できる?

席も空いてきたのでしばらく本を読んだ。ペテルブルクが舞台の本。

 

お会計を済ませて店を出る。

桜を見に行く!

2017年4月4日 ①

兄は大学卒業後、東京に移り住んだ。「荷物を減らしたいから」とその時沢山の本を貰った。その中にドストエフスキーの『罪と罰』があった。けれど今まで一度も最後まで読み通せたことがない。いつも途中で読むのを辞めてしまう。

しかし今回は読めそう。

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4日は良い天気だった。夜になるまですることもなかったので、平和公園の桜を見に行くことにした。
自転車で行くことにした。
自転車。
最近疎遠になっている自転車。
外れたチェーンを直すのが面倒で、1か月以上マンションの駐輪場に放置されている自転車。会社からの帰宅途中でチェーンが外れてしまって、歩いて押して帰ってきたあの日以来、駐輪場の奥へ奥へと沈み込んでいってしまっている自転車。些細なことで喧嘩して別れて、そのまま修復の機会を逃し続けているおれたち。

しかし、今日は好機だ。花見に行きたい気持ちがあるし、平和公園の近くにはガストしかないから覚王山あたりで昼飯を食べようとするならね、好都合だし。それにいまのこの気持ちの余裕 ー 早起きして家事を済ませてしまった2連休初日の、好天に恵まれたうららかな初春の正午にだけ顔を出す、負債のない、多くの義務から解放された、圧倒的な気持ちの余裕 ― を逃す手はない。これだけ自分に有利な条件が揃っているんだ。今日が復活の日だ。駐輪場の陰と対峙する時だ。


駐輪場の奥のほう、使われなくなって落ちぶれた自転車のたまり場。の一部になりかけているおれの自転車。もう一目で怒っているとわかる。「今更なんの用ですか。」立ち昇る禍々しい怒り…。恐る恐る近づいていって声をかける。返事は無い。こちらを見てさえくれない。最高強度の拗ねっぷりをここぞとばかりに発揮している。ひるむひるむ。でもこのまま帰るわけにはいかない。今日はちゃんと向き合うと決めてきたのだ。自分自身に勢いをつけて迫り、さっとしゃがみこんで躊躇なく患部を診る。おれは聞いてきたとおりに、要所である後輪部分に目をやった。チェーンの修理の命運は後輪部分にかかっている。そう、こんな日に備えて、もつれを解決に導くヒントを事前に入手していたのだ。それは自転車に詳しい上司が与えてくれていた。チェーンの修理において鍵を握るのは「後輪のフック」だ。「後輪」に「フック」があれば比較的簡単に修理できるらしい。おれは合格発表当日の受験生のように祈った。イケてる形をした後輪のフックが目にとびこんできた。

駐輪場の陰から自転車を取り出してきて、広くて暖かいところに優しく倒す。簡単に修復できそうだとわかった安堵感から、許しを請う言葉が口をついてぽろぽろとこぼれだす。「連絡も入れないでずっと放置していて、ごめん。」フックをぐいっと足で押し込んでチェーンをたゆませる。「どこに行くにも一緒だったお前なのに。」ギアの隙間にがっちり食い込んだ部分に指を入れ、ペダルを反対に回しながらその絡まりをほどいた。「お前がおれを必要としている時におれは逃げだした。」長い間放置されていたチェーンの緊張はようやく完全にとかれた。「お前がおれを必要としているときにおれはお前に向き合ってやれなかった。」あとは紐をかけるみたいに、指一本の力だけでペダルのギアの部分にチェーンをかけ直すことができた。駐輪場の陽だまりに暖かい春の風が吹いた。あとはしっかり嚙合わせることだ。「おれを許してくれるのか?」後輪が回転できるよう地面から浮かせ、ペダルを掴んでゆっくりと時計回りに回す。チェーンは少しずつ、ふたたびペダルのギアにしっかりと嚙み合った。連動して後輪のタイヤもぐるぐると回った。

その回転は、大人たちが忘れてしまった無邪気さであった。おれの自転車はサッパリとした性格だった。点検の意味もこめて自転車のサドルをグルグル回した。仲直りした子どもたちが手をつないでぶんぶん振り回すみたいに。「お花見に行きましょう。」

 

また、長期間の放置で、タイヤは空気を吐き出し切ってしまっていた。空気入れを部屋から持ってくる。「あの誰がやってもダサくみえる上下運動のある日なた」。後輪の空気入れの黒いキャップが無くなっていた。それでも問題なく空気は充填された。漏れる様子もなさそうだった。

 

 

さあ花見に出発、と乗ってこぎ出してみるとしかし、不意に新たな不具合が出現した。自転車を漕ぐリズムに合わせてどこかから擦れる音がする。自転車みたいな機関においてそういう摩擦って取り返しのつかない消耗につながる。どうしようかと思案しながらそのまま春岡をぐるっと一周して、セブンイレブンの前を過ぎてマクドナルドの交差点まで漕いでいく。それでもその音は無くならない。どうやら漕いでるうちに自然に直ったりしないタイプの不具合のようだ。というか直るどころか、チェーンがまた…これがなんでか、また外れそうにガチャガチャなってるんだよな。

 

あやうく自転車を睨みつけそうになる。

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「反省して優しくなった男としての一連性を保とうとしている。お前は変われないよ。小さいころから一度たりとも善であったことなどないじゃないか。自分勝手で、見栄っ張りで、意地の悪い、正しい知恵のない猿。心の奥底にぬぐいようのない悪意を飼っている。劣悪な人間性の持ち主め。お前は変われないよ。」

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 それでも心を持ち直す。消防士が放水するみたいに理性を噴出させる。 もう一度点検だ。きっとほんのわずかな不具合だ。放置していたのだからしょうがないよ。相手は日々のこまやかなメンテナンスを必要とする道具なんだ。もう一度マンションに戻ろう。

 

濃ゆいコーヒーみたいな肌の色をした2人組の黒人の前をUターンする。

 

マンションの前に止められた引っ越しのミニバンの脇を通ってもう一度、駐輪場の陰と陽の境目に自転車を倒す。そして擦れる音の原因を探る。(こうやっていろいろな部位を良くよく見てみると、ところどころ剥げたり欠けたりしている。購入したのは名古屋に転勤してきた初年度の5月頃だったろうか?もう30か月以上も前の話だ。その間いろいろなところで倒したりぶつけたりしてきたわけだ。)いろいろな部位を触ってみる。初めて触れる部位が初めてのファンクションを見せる。形の悪い明太子みたいにブリっとした部位が蟹の鋏みたいな動き方を見せる。


音の原因は後輪のブレーキだった。ブレーキの右のゴムが後輪に少しだけ触れていたのだ。どこかのネジが緩んでいるせいか?問題を解決に導くたった一つの締めるべきネジを探した。しかしそんなものは無かった。原因はもっと単純で、おそらく倒れたかなにかした拍子にタイヤの軸が歪んでしまったのだ。軸が歪んで、ブレーキのゴムに接触してしまっている。となると必要なのは力を込めて歪みを矯正することだ。倒した自転車の後輪を慎重に踏み、ゆっくりと力をのせていく。そうしてブレーキ・タイヤ間に適切な隙間を取り戻した。

それで解決した。擦れる音は無くなった。不思議とチェーンももうそれ以降は外れるそぶりを見せなくなった。なんとか走れるまで修復できた。しかしまだ一抹の不安は残る。完全な信頼には若干の距離がある。裏切った自分への当然の見返りだ。これから何が起きるかわからないぞ。たとえば下り坂の途中で前輪が外れるとか。大怪我だ。ブレーキが壊れて通行人を轢いてしまうとか。それが老人や小さな子どもだったら取り返しのつかないことになる。とにかくゆっくり漕いで行こう。そう考えながら平和公園を目指して、広小路通りを東に進んだ。

 

おなかすいた。

時刻は13時前。 

公園に行く前に覚王山で昼食にしよう。

雨後の街を歩く

テレビをつけるとN響クラシックがやっている。指揮者は白髪ではげている。賑やかな式典調の間の指揮の動きがとてもコミカルで、それを何秒も映し続けるのだからまともに見ていられない。木製弦楽器、金属製管楽器、ティンパニ、それぞれの見せ場の指先の動き、息使い、表情、若い女性バイオリニスト、そういう映像は見ていられる。気持ち良さそうな初老の指揮者の映像はちょっと見ていられない。

 

今日は休みだった。昼過ぎまで職場にいて、それからココイチに行ってカレーを食べた。チキン煮込みカレー。飲食店は飲み放題で冷たい水と上手に炊けたお米があればひとまず上出来だと思う。それから帰宅して、本を読みながら寝落ちした。近頃寝不足だった。

 

18時半に目覚めると、気のせいにも思えるようなかすかな雨音。カーテンを開けると外はまだ明るい。明るさに目がぎゅーっと開く。空は青色と灰色の中間の色合いでいる。雨足は意外にも強めで、雨粒が道にばつばつ跳ねていた。

 

雨がやんだので散歩に出た。

 

ラーメン屋に入り、塩ラーメンを注文した。テレビではサスケがやっていた。隣の席のカップルも見ていた。セカンドステージが簡単になっていて、みんなクリアしてしまっていた。泳ぐコースが出来たらしく、それを知らずに見ていたから、挑戦者が泳ぎ始めたとき失格じゃんと思った。カップルの女が時々なにかを言っては盛り上げていた。ラーメンはチャーシューが3枚のっていて、2枚と1枚で味が異なった。水は冷たくて飲み放題だった。

 

 店を出て、暗い住宅街の方に歩いていった。明るく立ち並ぶ飲み屋を過ぎて、駅北側のバスロータリーを過ぎて、国土交通局愛知国道事務所を過ぎる。途切れ途切れに点在する飲み屋も過ぎてしまって、暗くて静かな雨後の住宅街が始まった。振り返ると池下駅の超高層マンションがそびえてこちらを見下ろしている。豪華絢爛なフロア、住居やエレベーターに灯った無数のランプ、その光の波がこちらの暗闇に遠く及んでいた。


歩いて行くと公園が現れた。鬱蒼と生えた木々の隙間の闇の中に、吊るされたタイヤの遊具やブランコが見える。その光景はどうしても恐ろしいものだった。火遊びの火が風に煽られて服に引火するような感じで、ちょっとした不注意をすると恐怖が全身を満たしかねない、そんなあやうい状況に心がおかれた。同時に、恐怖もおもちゃにしてもてあそんでしまいたいような気にもなった。恐怖は心を支配する強い感情だ。退屈を持て余していた自分は感動が欲しかった。とにかく退屈だった。暗い街には異界に通ずる入り口がそこら中にある。崖下の公園の吊るされた遊具、暗い家の二階の窓の奥、居住者のいないマンションの一室、そして自分の背後。そういった本来ならば忌避すべきものになにやら魅了されて無防備に覗き込んだ。

そのうちに恐怖がやってきた。自分は実際に恐怖が染み込み始めると足早にそこから離れ始めた。細い路地裏で感知式の防犯灯に照らされた。「猛犬に」と掲げられた塀の前を怯えながら歩いた。コインパーキングから怪しい一台の黒い車が出てこちらに向かってきた。針葉樹の葉先に滴いた雨粒は注射器の針とその内容液に見えた。一本の木に沢山の針が繁って塀の上から飛び出してきていた。駅前の超高層マンションがありえない、おかしな所から突然顔を出し、こちらを覗いてきた。。。

 

 

ウォーキング、ランニングの人たちが目の前を通り過ぎていく。日泰寺門前町、広い参拝道に出た。そこでは優しい明かりが夜の暮らしを宿して窓に灯っていた。

 

 

寺に向かった。近頃寺によく行くのは、入信したわけではなく、ただ非日常な空気を吸いに行くのだ。ただ今日はもう閉まっていて入れなかった。だから門前でUターンした。途中にお地蔵さんがいる。お地蔵さんは硬い石でできているが、表情を変化させてこちらに語りかけてきそうに思えた。神聖であった。

神様のことを考えることは、自分のことを考えることだろう。神様は自分の全てを知っている、俺以外の人間たちの全てのことをお見通しにしている。本当にそうだとすると、どうしても自分の生き方が再考される。過ちについて思い出される。正しさについての自信を取り戻す。

 

女が向こうからジョギングでやってくる。幼さからいって学生だろう。この辺は女子学校がいくつか集まっている。健康に躍動する祝福された妙齢の花。見ると俺はみじめにやせ細っていて、女が駆ける風圧にさえ抗えず車道に押し出されてそのまま自動車に轢かれて死んでしまってもなんの不自然もなく思えた。可憐な女がこれまで踏み潰してきた何百の蟻のなかの一匹に過ぎないように思えた。いざすれ違うと非情な突風が吹いたが、歩道の街路樹につかまってようやくこらえた。その後も数分の間その裸子植物の木陰に乱れた息を落ち着ける必要があった。

 

そして歩道を自分の部屋に向かって歩いて戻った。そしてテレビをつけて、何か知らない交響曲を聴きながらこの記述を始めた。

 

覚王山

覚王山ひらき。入ってすぐ雑誌置き場にささった週刊プレイボーイのどぎつい表紙。グラビアアイドルが1ダースくらい、重なり合ってるやつ。オイルでつやつやした肌に、赤いスパンコールの水着。バックは真っ暗。日替わり定食A。まず蒸し鶏サラダだけでてきた。ナポリタン待ち。食後のコーヒーをアイスにしたから+50円で800円。右隣の夫婦が出てきたナポリタンを見て懐かしがっていた。昔ながらだから。お米と沢庵を少し残した。アイスコーヒーのシロップとミルクを入れる前に持って行かれる不覚。
 (覚王山ローソン。アジカンのチケットでごねた店。冷たいものが飲みたくなって入った。ドリンクが美味しそうに並んでた。野菜と果実のスムージー、チアシード入り買った。野菜ジュースにチアシード入れた飲み物。店の前で欧米人の男が英語を話していた。暑い。)
ローソンで買った飲み物のゴミを捨ててもらった。ザラメに行くまでに腹ごなしに散策する。覚王山日泰寺へ。山号の覚王は釈迦を表し、寺号の日泰は日本とタイの友好を願ってつけられた。門を入ってすぐのところで日よけのテントを設営していた。明日21日は参道の縁日だ。寺の敷地内にも出店のテントがいくつかあった。恐る恐る自転車で侵入。賽銭箱の前に1人、すぐ脇に2人。寺のなかからお経の合唱が。奥の仏壇?の前で十数人のお坊さんたちが列になってその場をぐるぐると回りながらお経を唱えていた。同じメロディだけど一人一人の声質や高さが異なるためにハモって聞こえる。ところどころで古い文語で聞き覚えのある言葉を耳が拾った。「欲望」という言葉も聞いた。寺の敷地からはグランドメゾン池下ザ・タワーがみえる。覚王山駅前の高いマンションがみえる。南山の方に赤と白の鉄塔がみえる。敷地内には釈迦の仏舎利を納めた奉安塔。境内の床板の下で女の子が2人遊んでいる。黄色い花輪をかけられたゾウの石像が二体。酸性雨を浴びまくったイギリス人の銅像が一体。鳥山明のデザインする鳥系のモンスターの赤いトサカみたいな花が咲いた低木が二本。清潔なトイレ。揚輝荘の輝く葉がのぞく。木陰の地蔵、静かに水滴の続く手水舎(ちょうずや)。門へ走る女の子、石に寄りかかって1人遊ぶ女の子。名古屋市千種区山門町。自転車にまたがり元来た道へ。門から同年代の女が三人。
揚輝荘の方へ向かう。男の子が赤いスポーツバイクで坂を登ってくる。息が弾んでいる。揚輝荘、松坂屋の初代が建てた別荘。今は名古屋市に寄贈されている。月曜休館。「開店休業」。ユニコーンの曲をフジファブリックがカバーしたやつを昔持っていた。地味な題名だったし聞いてなかった。今となっては聞き込んでいればよかったと思う。その曲が描いた分だけ人生が明らかにされていた。「何を見ても何かを思い出す」これはヘミングウェイ短編集。何を聞いても、見ても、自分の人生に関連付けて考えることができる。人生で過ぎた時間が重なるほどに、テキストが読み取らせる意味も増えていく。
 揚輝荘から道沿いに水道塔のほうへ。大小の地蔵、古びた木製の看板。「覚王山何カ所巡りの何番地」。いい感じに古びれたアパートが数軒。すれ違う三台の自動車。覚王山ハイツと覚王山ハイツ2。鯖大師と書いたよだれかけをつけた地蔵。引き返して、さっきの少年が登っていた坂を自分も登って、ザラメへ。

 エクセレントカフェオレとかなんとかいうカフェオレの1番高いやつ。甘いやつ。まだ食べてないけどロータスのビスケット、多分甘いやつ。お客さんはみんなパンとかドーナツとかをショーウィンドウから選んでテイクアウトしていく。俺の部屋はきたないから持って帰って食べるのはいや。店内で食べているのは今は俺ともう1人奥さんだけ。


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わたしは漁夫 ボラとりにゆく

わたしは漁夫 ボラとりにゆく
新井 豊美

魚市場で
とれたばかりのボラの頭が切り落とされ
切り口からどっと赤いものが
あふれ出すのを見た
頭のないボラの銀色にくねる胴を
男はわし掴みにして立ち去り
男の動作はすばやく
血潮の中に頭と内臓がしんと残った
それは実に新鮮な光景だった
新しい血は
河口の水に似て汐の匂いがするから
わたしはその匂いがすき
河口にいるボラを狙って男は釣り針をおろし
わたしは泳ぐ幻を追って河口へゆく
夢    とはいえ色彩と音と質量があり
夢    とはいえ鞭となって痛くしなる
ボラの血で指を染め
夢    という激しい暴力をあの男にならって
刃物でザクリと切り落としたい
銀色に光る頭と胴を二つに
以来わたしは漁夫
ボラとりにゆく

大須・名古屋散策 友達と

5月28日土曜日。15時30分に名古屋駅の広小路口で友達と待ち合わせ、まずは大名古屋ビルヂングへ。彼は大学時代の友達で、今は大阪に住んでいる。2016年になってから初めて会う。

明らかに前髪が薄くなっていたのでそのことを指摘したら、本当に悲しそうな顔をしたので、客観的ゆえに決定的で誠に不適切なことを言ってしまったんだな、とまず深く反省。

土曜日の名駅は沢山の人がいる。伊勢志摩サミット最終日で交通規制とかされてるのかなって思ってたけど特に何もされていなかった。ここ最近よく見かけたものものしい雰囲気の警察官たちも今日は一人も見なかった。サミットとかがあるとき、テロの標的にされるのは会場近くにある大きめの都市、っていう話を聞いていたので、そうなると標的は名古屋駅だ、爆破されて天井が崩落してきたら、いまこうやって沢山いる人たちみんな下敷きになるな、と思った。しかし、まさか今自分が居るところがテロの標的にされるなんてありえないという思いもある。しかし起きる時は起きる。実際フランスやベルギーでテロが起きたその場所に居合わせた人たちもやはり、テロの可能性なんて全く考えもしていなかっただろう。それでも巻き添えになってしまう時はなってしまう。結果今回のサミットでは何も無かったみたいだけど、これははじめからテロの計画が無かったのかもしれないし、あったものを未然に防ぐことができたのかもしれない。

 

大名古屋ビルヂングに来るのは2回目。大阪にも「グランフロント」とかいう似たような商業施設があるらしい。夕飯の候補地を探して「大名古屋ダイニング」と銘打たれたフロアを歩いて天丼屋に目星をつけて、5階のカフェテラスに行ってなんとかテーブル席を確保、友達はアイスコーヒー、俺はマンゴージュースを頼んで落ち着いたところで、友達の近況報告を受けた。

 

それから地下鉄に乗って大須観音駅に向かった。鶴舞線は本数が少ない。並んで待っている間に、改札口から降りてきた人でホームが混雑してきて焦らされる頃になってようやく電車がやってくる。

大須観音駅に着く。大須観音を参拝してから商店街を歩く。「金のとりから」でからあげのスモールサイズを一つずつ食べ、商店街を歩き、DAIGOがロケで寄ったハンバーガー屋の味噌カツバーガーを食べ、ダースベイダーのコスプレをした巨体に人々が群がって写真を取りまくるのを見、その愛想の良い暗黒卿を見、商店街を歩き、踏破し、そのままの勢いで伏見駅へ歩いた。

名古屋駅に戻り、大名古屋ビルヂング「大名古屋ダイニング」内の天丼屋に向かうも、満席で、しかもさっき食べた味噌カツバーガーがまだ健在で二人とも米なんか食えねえという状態だったので、妥協案としてうどん屋を探すことにした。高島屋13階の山本屋総本家の味噌煮込みうどんにありついた。麺が固いと言われた。

食べ終わると、ホテルのある伏見に歩いて向かった。旅先でいたずらに歩き回ることに、俺らしさを感じるらしいが、計画的にしようと思えば俺だって計画的にできるんだよといいたい。しかしお互いに悪い気持ちは無い。伏見駅近くのスターバックスに入り、友達はアイスティーを、俺はアイスカフェラテを頼んで、閉店時間に店を出た。地下鉄入り口まで見送ってもらい、そこで別れた。

明日は日曜日だが、早くにアーバンライナーに乗って帰る予定だという。一人でいるとむなしさを禁じえないということらしい。街角のカップルと自分を並べて見比べてしまったときに感じるあのむなしさを禁じえないということらしい。

いわく、生活の恋愛以外のパートにはおおむね満足しているのだが、恋愛に関してはどうもうまくいかないということらしい。恋愛という山だけは登れども登れども良いものが見えてこないということらしい。割と高嶺を行こうとする性質の持ち主である分余計そうなっているんだろうと思う。

まぁ、いつかは落ち着くところに落ち着くだろう、と彼は言う。なんとかなるよ、と。就職活動がそうであったから、と。彼の就職活動というのも、卒業の間際まで決定打が放たれず、ずいぶん長い間、己と周囲をひやひやとさせていたけれど、しかし最後には無事今の就職先に内定を獲ることができた。それが前提にある。そういう経路を経てからというもの、彼がその経験則をもって何事にも当てはめようとするのをよく耳にする。悪い意味ではなく。本当にそういうタイプなのだと思う。融通の利かないタイプなのだ。これは悪い意味でも良い意味でも。だから恋愛においてもいずれは落ち着くだろうと、半信半疑ながらも言っているし、俺も、そうであればいいなと思う。

 

 

就職活動には大学卒業というリミットが設定されていたけれど、それとは違って恋愛においては交際開始の内定を得るまでの締め切りみたいなものが無い、と言ったら、それもそうだ、それじゃあ28まで締め切りにしてみようかな、と言っていた。