17.6.11

25時前。ソファで書いている。6月11日 日曜日。

ソファの目の前のテーブルの上には、ゴムでできた四体のヒヨコ。お風呂で遊べる水鉄砲。

 

 

やよい軒から帰って、志賀直哉の暗夜行路を読んでいた。中々進まない。ようやく尾の道という名が出てきた。主人公の謙作はもうすぐ尾の道に住む。そこでのことが語られ出すだろう。"行路"。絶望的な境遇の主人公が、女と心中するような話かと思っていたが、今のところの"暗夜"は夜の街だ。遊郭や、キャバレー風な洋食軒。夜遊びの記だ。物書きの働かない放蕩記でしかない。時任謙作。お栄。加代。青い擦硝子のなかの橙色の灯。軒燈の灯。

 

 

昨日10日はMに遅番を任せてAと飲んだ。今池のドンキで待ち合わせて、繁華街の明るい軒下を歩いて焼肉屋へ。席につくとAは匂いを気にしてジャケットを鞄にしまった。上ロース、カルビ、牛タン、椎茸焼、キムチ盛合せ。生ビール二杯とエビスの黒ビールを一瓶。右隣りの座敷は、汗と泥の匂いのする男たちに占拠されていた。角でそのひときわ大きな図体を屈げている男が、日灼けと酒で赤黒くなった顔の額に青筋を浮かばせながら声を張りあげて笑っていた。
食べ終わってカラオケに行った。受付の若い女は、背後から指導されながらの接客ながらも感じの良さがあった。あれで要領もあればうちでも十分働けそうだ。指定された11番の部屋は、靴を脱いであがる座敷タイプの部屋。Aがトイレに立った間に入れた一曲目は、アジアンカンフージェネレーションの「荒野を歩け」。

3時頃店を出て歩いて部屋に帰った。今池から池下の自室へ。何度も歩いた道だ。こんな夜中に。もっと朝方に。昼間、夕方に。広小路通の一本南の細い路地。何度も歩いたあの路地。アパートやマンションの立ち並んだ日陰の道の狭い空。電信柱と電線。闇夜に白い光を放つ自販機や眠る自動車。「彼女には要求できないアブノーマルな性癖を発揮する相手として、他に遊べる女を捜しているんじゃないかな」そんな風に要約されることをAは言った。セブンに寄って帰った。
睡ったような、ずっと覚めていたような、時間の流れが不鮮明に暗渠に密かな夜が明ける。薄光がカーテンの隙間から漏れ出していた。盗み見た時計は昼過ぎを指していた。明るい活動の街を諦めるように目を瞑った。ひたすらに、どこまでも、永遠に眠れそうな睡りだった。

起きてトイレに行った。油絵のように凹凸のある壁紙に落ちた影は、アメリカの、赤い髪を逆立てた、目をむいたあの人形のそれのようだった。つまり寝癖。シャワーを浴びて紺色に暮れた町に出る。やよい軒に入って生姜焼き定食をもぐもぐと食べる。22時過ぎになっていた。夜中まで開いているカフェがあったら知りたい。仕方なくそのまま部屋に帰って、熱い、疲れの無い身体をソファに押しつけて、暗夜行路を読み始めたのだった。

 

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そしてまた訪れた明け方、寝巻きにパーカーを羽織り、裸足でサンダルをつっかけて外に出た。ズボンのポケットに一万円札とスマホと部屋の鍵をまとめて入れた。自転車にまたがって、セブンの路地を区役所へ進み、広い往に出て坂を登っていった。
青さを減じて薄い透明の明かりに移りゆく街では、ガラス張りのコーヒーショップが       色の灯を灯していた。