また別の日

ソファに横になるのにもいろいろな姿勢がある。色々な変遷を経て今の姿勢は腰から下だけがソファの柔らかさに載っている。腰から上はソファ外にはみ出して床に敷いたシイタケにめりこんでいる。

 


22時ごろ駅前のやよい軒で生姜焼きを食べた。半券をもぎりに来たスタッフは片言の日本語を使った。もう一人のフロアのスタッフは日本人で、メガネをはめていて、学生か童顔の社会人。左に一つおいてもひとつ左のテーブルにはドレスに着飾った二人組の女。定食を食べ終えて話していたがふと立ち上がって券売機で買ったのはポテトフライ。壁側の女はお椀を持って白米のおかわり。途中からはいってきた男は変に子供じみた半ズボンを穿いた足をこちらに向けて、体全体もこちらに向けて、向かいの壁際に座ったのが視界に入って気が散った。壁を背にもたれるようにして座ったのだ。男は例のよく食べる二人組みの女の子たちをじっと見つめた。

 

 

 

 


血の流れが鈍い。呼吸をしても酸素はうまく運ばれず、二酸化炭素は排出されずに淀み溜まる。精液を出しすぎた時のような気怠さ。あれだけ寝たのに目をつむったらまた秒で眠りに落ちてしまいそう。これからの暮らしがまた不明瞭な霧のなかに隠されてしまったような感じがある。昨日の応酬とその結果に、アルコールと睡眠過多が混じったよからぬ塊が体内に残り、それが鈍い音波を発して自分の正常な活動を妨害している。

 


スマートフォンを掴んだ手のひらが電池の発熱に不快な火傷を負っている。音楽を再生しても文章を読んでも心が乗っかっていかない。栄養価の低い安いマンガを読みすぎて腹だけが無闇にいっぱいになってしまった。雑然とした部屋のスマホとソファと青白いシイタケが。今日のこれまでのむなしく愚かで品性下劣な時間の過ごし方が。無理に書こうとした試みが。眠りすぎた枕元から湧いた今日が、自分から生まれた今日が、自分を腐り落とすのに効いている。

 


不協和音に満ちた半日を過ごし三時。ここまで書いてスマホをポケットに入れるとカバンをかけて部屋を出た。自転車を四川園の方へ走らせる。ロイヤルの角から黒い車体の車が曲がってきた。それを避けるようにして右折し広小路通に出る。コインランドリーの無機質な回転灯が均一のテンポで不快に辺りを照らしていた。一番星もやっていた。カウンターには可成の客が座っていて、劇座のようなゴシックでカラフルな衣装を着た女がいて気を引いた。止まらずに走り続ける。インターネット解約違約金全額負担!他社からの乗り換えを促す看板。下着のようなワンピースを着て肩を出した寸胴な女が、回春マッサージのあるビルに入っていく。エドシーランのシェイプオブユーのリズムをとって出だしを歌う。栄の近くに住むのも良いかもと思う。四川園、奥からおじさん料理人が外に出てくるかと思ったら出てきた。軽く会釈して自転車を止めるか、止めないかで前を通り過ぎるともう明かりが落とされてしまっていた。

ここでもか。見放されたような孤独感を得て、しかしあまりそれを追及しないように、というかできないで持て余して自転車をUターンさせた。夜は冷えた。薄いTシャツでは寒かった。もう一枚パーカーを着てこれば。そう思ってもゴールデンゲートブリッジの土産のパーカーは生地が厚くて肌触りの良くないのを思い出す。不協和音だ。怪しい不協和音が生活に影を落としたーそんな檸檬の文がなんども頭上を過った。身体を熱くするもの、激しい運動と、温かい食事、アルコール。そんなことを考えながら自転車を覚王山の方に走らせた。真弓苑。4時まで営業しているらしい、が、信用は出来ない。日曜日だし、行ってみて暗がりだった、となれば考えるだけで恐ろしい。今の不協和と孤独に打ちのめされた自分には耐えられるかわからない。しかし自転車を止める力もない。家に引き返せるはずもない。ツタヤの前を過ぎた。警察署の信号を渡った。呪われたようにエドシーランを相変わらず口ずさんだ。銀行の前の左折路は暗闇だった。しかしそこはまだ店のある路地ではない。次だ。右奥にローソンの光の箱がある。今日はなぜかじっくり見つめることができた。次の路地が来た。

大通りに面した駐車場に、真弓苑の電光看板が煌々と照っていた。やってるな、と嬉しくなる。路地に入って店の前に自転車を止める。奥の席に顔立ちの整った、濃厚な黒い色の髪の女性が座っていてるのが見える。自動ドアの前で、どこに座るか考える。対面には座りたくないな。

真弓苑に来るのは二回目だった。赤地に白のポルカドットのシャツを着た女性は植物柄のエプロンをつけていて店員さんだった。一回目と同じ席に座って女性を背中に背負った。ビール。それから麻婆、ラーメン、チャーハン。ここはラーメンが好みの味だった。麻婆ラーメンを食べることにした。それから黒ラベルをひと瓶、620エン。

灼けたメニューには菜単とある。菜譚じゃない。曲がった矢にぐるりと囲まれた眞弓苑のロゴ。"ごんぎつね"みたいな切り絵の黒い影の女の子。

書いてる間に女性がレジに立っている。俺を待っているらしい。でもまだ44分だし、ビールが残ってる。ちょっと待たせる。人を待たせるなんて普段しないことだ。

麻婆ラーメンは四川園のように辛くはない。ラーメンは中華そば寄りのさっぱりした味わい。そして、ビール。

黄金色の泡立ち。

それは不協和音を放つ自分と自分、自分と世界との間の噛み合わなさの隙間を埋めるように満ちていく。


肌寒い夜気のなかで、東の空から始まる壮大なグラデーション。

反対側の西の遥か彼方に連なる山脈の陰影は、せり上がった海面とその水平線にみえた。

 

 

 

ポケットのなかには、さっきのコンビニで買ったホットのミルク・オ・レの缶。